小野高漢詩校歌

創立前史  第1章 もう一つの創立記念日 その4

大正10年10月23日 田村中学校期成同盟会 発足式

 大正10年(1921年)10月27日付の福島民報には、「田村中学奪取運動 小野新町方部猛然開始」と題して記事が書かれている。

(記事内容)

 去る23日午後7時、空砲を合図に新開座(小野新町字仲町)於て、田村中学校期成同盟発会式を開催せるに、地方の与論沸騰せる際とて、出席者数百名を算し非常なる盛会を極め、左の通り決議分並びに委員を満場一致決議なし、万才を三唱して午後10時閉会せり。(空砲は花火のこと)

決議文

小野新町方部に田村中学校を設置す可く、吾等茲(ここ)に盟約し、極力其貫徹を期す

 

田村中学校期成同盟会

委員長 佐藤善弥(小野新町 町長)

委員  小泉堅治 岡田孫四郎 小泉音七 草野久太郎 藤田虎三郎 二瓶平馬

    吉田正雄 郡司兵吾 長瀬庄吉 秋元長右ェ門 草野武 二瓶松吉 小泉一

    鈴木亀太郎 吉田今朝治 渡辺儀助 松本岩吉 草野愛之助 芳賀一郎

    矢吹熊吉 矢内幸作 先崎吉之助 西山平治 小泉積 秋元巳代吉 

    根本順忠 二瓶善吉 渡辺元吉 矢吹徳弥 吉田亀松 田崎広吉 先崎鎌吉

    生天目清左ェ門 小野作治

青年委員 宗像徳弥 二瓶市松 村上清之助 矢内一良次 矢吹良造 西山倭太郎

     渡辺秀治 渡辺純三

小泉 音七

藤田 虎三郎

郡司 兵吾

永瀬 庄吉


草野 武

松本 岩吉

矢内 幸作

西山 平治


秋元 巳代吉

根本 順忠

矢吹 徳弥

宗像 徳弥


 ※写真は、松本岩吉 氏は、昭和14年(1939年)のもの。

その他は、昭和8年(1933年)のもの

 誘致運動の青年委員であった、村上清之助さんは、「結成大会当日は花火まで打ち上げて、小野新町への誘致大演説会をぶって、実に盛大だった」と後年語っていた。大会には、数百余名の同志が参集したから、委員長・佐藤善弥町長の読み上げる決議文の一言一句は、大地を揺れ動かし、秋空に高く鳴り響いて、名実ともに大会の名にふさわしかったという。 

 当時、小野新町字仲町にあった「新開座」は、政友会の集会をするための施設であった。大正時代の二大政党の時代は、地方でも激しい選挙が繰り広げられたため、それぞれが利用する集会施設も専用になっていたが、一方の憲政会が使用したのが、「新町会館」(小野新町字中通)だった。新開座を利用したことでもわかる通り、中学誘致に積極的であったのは、政友会であり、そのリーダー的存在として活躍したのが、当時の県議会議員・草野良八 氏であった。

三春町の動き

 大正10年(1921年)10月23日小野新町字仲町の新開座での盛大な「小野新町」への「田村中学校期成同盟」の結成とその動きに危機を感じた三春町は、素早い動きで準備をすすめた。10月27日には、次の事を決定している。

福島県田村郡三春町立中学校設備準備費 継続年期及支出方法

   一 金265,000円  中学校建設費

      内訳

     金  91,282円  大正10年度支出額

     金173,763円  大正11年度支出額

 現時の趨勢に鑑み、中学校設置の急務なるを認め、大正10年度より之が建築に着手し、大正11年度に於て設備を完成し、大正12年度より開校するものとす。

 三春町としては、とにかく「三春町立中学校」を既成事実として一刻も早く建設に着手し、1郡1校の中学校を三春町に確定したいという思いだったのだろう。総予算の中には田村郡の予算、また田村郡の29町村の予算を組み込んでいるにもかかわらず、とにかく大正10年度に出せる金で着手しようと躍起であった。

新町中学建設・田村東部郡民大会

 小野地方に旧制中学校を誘致する運動のまさに中心人物・草野良八 氏は、大正8年(1919年)の第18回田村郡選出県会議員選挙で、政友会から出馬して当選していた当時県会議員で、通算3期つとめた田村郡夏井村大字塩庭の人物だ。

 大正10年(1921年)11月の福島民報は、次のように伝えている。

(福島民報の記事)

    新町中学建設に関し、田村東部郡民大会 万難を排し目的貫徹を期す

 

 

 

 田村郡小野新町方部にては、来る24・25日頃、郡民大会を開きて小野新町中学校建設に関し協議をなす筈なるが、こは三春町に建設せんとする中学校に対し反抗する結果にして、過般西牧郡長は急遽郡会を招集して、三春中学建設のため20数万円を各町村の寄付に仰ぎ、郡は之に7万円の補助を与えんとする提案をなせるに、草野良八 氏は、たとえ中学校を建設するにしても本年度県会に提案せること得るに非ざれば、急施郡会を招集して附議するまでの事なく、明年度の県会に提案を見るなれば、地方の事情を調査の上、具体案を樹つべく調査会を設くの必要ありと主張し、出席議員3分の2の同意を得しに、中食のため休議し議員は旅館に引き上げ、漸次にして再開せる所、休議前の場内の気配一変し、地調査の要なければとて、一気に右補助案を可決し、此間如何なる理由あるや知らざれども、この実情に傍観者も呆然たりし程なり。

 

 然るに、小野新町方部村民は、右決議は郡民を思はざるものなりとて、帰郷し協議の結果成算ありと、新町中学建設に努力する事となりたり。小野新町は最近著しく発展し、本年度も蚕業講習所設置に対し、1万円の指定寄附を異議なく応ぜし程にて、県は之を以て、中学校と変換の意味を以て、地方民を慰撫する方針なりやも知れざるが、僅か30名の女子を教育する養蚕講習所と数の子弟を教育すべき中学校は変換し得られずと称し、敢然たるものが右に就き、同地方選出県会議員・草野 良八 氏は語る。

 

 「三春町は郡山町に僅か3里にして、通学一向差支なく、且つ中学校建設するも通学の条には、三春・逢隈・文珠・中郷の1町3ヶ村と御木沢・高瀬・和木沢3村の小部分にて、他は通学し得ず。」

 「之になして、小野新町に建設する時は、小野新町・滝根・夏井・飯豊・二瀬・七郷・大越・御舘 各村及び石川郡小平・蓬田両村、双葉郡川内村、岩城郡三坂、川前両村の1町12ヶ村に亘り、三春町の比に非ず。」

 「然して、建設費として小野新町は10万円と敷地並びに用材を寄附し、夏井村5万円、飯豊村5万円、三坂にて5千円、同村永山氏は1万円を寄附すべく、すでに21万5千円は確実にて、残額は他の9箇村より応分の寄附あるべきにつき、裕に三春中学以上の建設費は確実に求め得べし。」

 「よって、9日委員12名は出県し、当局並に県議諸氏に陳情の上引き返せるが、郡民大会にて決定次第、一騎呵勢に着手し、県営移管の方法を講ずべし。」

 「不肖 良八、この問題に対しては、産を傾けても努力すべく、議事堂又は県庁に座り込んでも目的貫徹すべし」と、「地方民の賛成あれば、必ず達成得べしと信ず」と。

(つづく)

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