創立前史 第2章 忘れ得ぬ夢の続き その3
ついに実現した「小野新町実業学校」
昭和8年(1933年)の小野新町 町会議事録によれば
尚茲に等閑に附す能はざるは青年男女の補習教育にして、本町は之が施設の良識を得、一般青年男女の学力と技芸に関する知識との向上を計りつつ在り。而して当局者熱心指導に努め其成績最近見るべきもの在りと雖も、商家子弟の関係地方産業の主要産物たる葉煙草等の副業に制せられ出席歩合今尚良好と云ふを得ざるを遺憾とするも、本年度より実業学校を設け学級編成をの他左の如し
学級編成5、編成複5、教員数専任3、兼任6、月給高65円、低48円也
とあり、小野新町についに「中等学校令」の「実業学校規定」による実業学校の設置が実現した。設置場所は、小野新町高等尋常小学校に併設であった。
名前が似ているため従来の補修教育の延長としての扱いをされがちであるが、小野新町実業学校は、旧実業学校令で言えば乙種(大正10年に甲種・乙種の区別はなくなっていた)の2年制、すでに大正時代から甲種として設置されていた実業学校に比べれば、まだまだ充実したものではなかったが、常設運営の中等教育の場であり、当時としては、向学心に燃える地域の青少年にとっての最高の憧れの的となった。
これにより従前からあった小学校高等科3年が廃止になった。
小野新町尋常小学校高等科第3学年廃止議案
昭和8年3月31日限り
小野新町尋常小学校高等科第3学年は之を廃止するものとす
昭和8年3月23日提出議案
小野新町長 小泉 音七
小野新町実業学校設置議案
昭和8年4月1日より小野新町実業学校を設置するものとす
昭和8年3月23日提出議案
小野新町長 小泉 音七
大正10年(1921年)小野新町字仲町の新開座に、若者の教育と地域の発展を夢みた熱き地元の有志が大集合し、中学校誘致運動を開始してから12年の歳月が過ぎていた。大正11年(1922年)の蚕業試験場・講習部の女子教育に引き続き、男子中等教育の一歩がここに踏み出されたのである。
実業学校設立当時の町会
実業学校創設当時の町会議員は次の通り。この中には町長・小泉音七を筆頭に12年前の誘致委員のメンバーも顔をそろえる。まだ、道半ばとは言え感慨深いものがあったことだろう。(※当時の町長・助役は名誉職であり、町会議員の中から互選された。町会の議長も町長が務めた)
町長 小泉音七 助役 矢吹 佐一
郡司 兵吾 草野 猶治 草野 林之助 大和田留之助
村上 力造 矢内 幸作 渡辺重佐ェ門 秋元巳代吉
芳賀惣兵衛 吉田 常丸 村上 次助 小泉 富弥
春山 運吉 草野 武
小泉音七 町長
矢吹佐一 助役
郡司兵吾
草野林之助
大和田留之助
矢内幸作
渡辺重左ェ門
秋元巳代吉
小泉富弥
春山運吉
草野武
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